「こんな事もあろうかとダイオード」のローコスト版?が見つかった

「すべてのエンジニアに、あのダイオードを。」が、にわかに現実味を帯びてきた、というお話。

見つかった、というか、2012年8月あたりから突如販売されるようになった、という表現がより正しい。

この記事は、今後追記や書き換えなどにより随時更新していく予定です。

ここをはじめて御覧になったかたは

とりあえず先に → 元記事から読んでいただくことをおすすめします。件のダイオードについて調べ、判明するまでをまとめています。

まず、謝らなくてはなりません

例の、探査機はやぶさに実装され、イオンエンジンの「クロス運転」を可能とした あのダイオードの話の、続報が本記事です。
以前の記事では「80円では入手できません」と書きました。しかし、その後 若干事情が変わり、日本国内でも一応「¥80 で入手できなくないは状況」が実現されています。書いていたことが嘘になってしまいました。すみません。

ただし、以前と比較して相当に「お値打ち」で入手可能なそれは「探査機はやぶさ」に搭載されたダイオードとメーカーも型番も電気的仕様も外形寸法も全く同じ(外観もほぼ同じ*1)、ではありますが、完全に同一というわけではありません。また、秋葉原など電子パーツショップで普通に購入できるようなものではない、という点に変わりはありません。それから「1個あたり」¥80 で入手するためにはディーラーを厳選した上で 100個程度以上のまとめ購入が必要です。敷居が高いことについても、変わりはありません。


あと、細かいことを言えば、JAXA人工衛星や惑星探査機などの宇宙機に使用する半導体はすべて JANS クラスのスクリーニング試験を経ています。この試験費用は高額であり、製造原価がたとえ数10円であったとしても試験を経ることによりその価格は数千円にまで跳ね上がります。


…というわけで

→ ショップ登録しました。1個から買えます。是非御検討いただければと思います。

【2012/12/16】
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まず、2012年夏に何が変わったのか

これまでも入手可能であったダイオードが若干モデルチェンジしました。メーカーである Microsemi 社の新しいデータシートによると、2012年8月に更新されたデータシートにおける大きな変更点は以下の2点(+1?)です。

  1. ケースサイズがひとまわり小さくなった
    • Microsemi でいうところの E package → B package

  2. RoHS 対応が可能となった
    • ただし、MIL-SPEC との併用は不可。「Commercial Version」にて対応、とあります。
    • 旧品には RoHS 対応 Version はありませんでした。
  3. おかげで旧タイプの価格が下がった(っぽい)


そして、(データシートのタイムスタンプによると 2008年から既に存在していたようだが*2)「CB」というサフィックスのついたモデルが存在することが確認されました。


また、本記事とは直接関係ないので詳述はしませんが、「U4」と呼称される角型チップ形状・底面端子型の面実装モデルも2012年夏頃(と思われる)、Microsemi サイトにてカタログされました。

旧来の面実装モデル(「US」)は「MELF」*3と呼ばれる、リードタイプデバイスのリードを金属板に置き換えただけのような形状ですが、
 
左:代表的な(古典的な)MELF パッケージのガラス封止ダイオード。画像は 1N4148 互換品。 右:Microsemi の MELF は端子板が四角く、転がらない親切形状。画像は 1N5618US(JANTX)*4

「U4」は完全にチップ形状であり、また、形状的に手半田不可です。

via http://www.microsemi.com/existing-parts/parts/69241

宇宙産業の分野でも今後ますますパーツのチップ化が進行していくものと思われます。実装面積及び体積、重量、耐久性、信頼性、ほぼ全てにおいてリードパーツよりチップ(ネイキッドダイ)パーツのほうが有利です。


「C3」とはなんなのか?

さて、本題に戻りまして

2012年8月頃、電子パーツ通販サイトで(安価に)入手可能となった問題のダイオードは、所謂米国 JEDEC*5 登録型番(1Nxxxx)の後尾に「C3」というサフィックスがついています。

あるいは(ディーラーによっては)「CAT3」「Category3」という表記もみられます。これがなんなのか、ということですが…まず大前提として、2012年11月現在、メーカーである Microsemi のサイト上には「C3」というモデルは存在しません。
かわりに、上記のとおり、「CB」というサフィックスのものが存在します。


調べまわった結果、この「CB」とは「Compression Bond(s)」の頭文字であり、これが MIL-spec でいうところの「 Category-III Metallurgical bond 」(カテゴリーIII金属学的接合)にあたるということがわかりました。*6 …つまり、「CAT3」→「C3」です。理屈の上では「C3」=「CB」と考えてさしつかえが無さそうです。
(いまのところの推測では、「C3」が製造終了となったのちに名称が「CB」と変更となって再リリースされたのではないかと。)
…とは言ってみたものの、飽くまでメーカー公式の型番は「CB」であって「C3」あるいは「CAT3」ではありません。「C3」が本当に純正品なのかどうかに関しては、販売サイトである Chip1Stop のメーカー表記、および[正規品]表記を信用するより他にはない、というのが現状です。それ以上は残念ながら調べようがない。


Microsemi 社に(酷い英語で)問い合わせもしてみましたが、梨の礫でした…


因みに「〜CB」は 2012/12 現在、日本国内からネット経由で入手する手段は「無い」模様です。(某 ▽・w・▽ に問い合わせてみましたが「入手不可」とのこと。たぶんロット(4000本)とかで見積もり出さないと取り合ってくれないのだと思われます)


当研究所では、ダイオードの外観や電気的仕様などを比較した結果、同一メーカーの製造品と考えて差し支えないものと判断しています。しかし、では

  • 何故メーカーによってカタログされていないサフィックスのモデルが存在するのか
  • それが何故突然(リビジョンアップに合わせるかのように)通販サイトに登場してきたのか

といった謎は、解決していません。
米国の販売サイトによっては、「C3」のデータシートとして「CB」のものをリンクしているところもあります。ひとまず、お墨付きは無いわけですが、合理的に考えて「「C3」も Microsemi の製造品であろう」と考えてよいと思われます。

外観は刻印を除きほぼ同一。

Microsemi 社によるラベリング。流石にこれを偽造する手合いはないだろう。
手書き文字は非常に汚いが、2行目はおそらく「No. 13745」。3行目の「D/C」は Date Code 、即ち「2008年11月製造」(たぶん)。 4行目「QTY」は「数量」ですね。

想像をたくましくするならば、2007年頃の NASA / JAXA における品薄を受けて緊急的に量産されたロットである…などというストーリーもありえなくはないでしょうか。


ではその”Category”とはなんなのよ?

異種金属(あるいは半導体)を「金属学的(Metallurgical)に」接合する方法として、大きく 3つの方法があります。MIL-spec の仕様書のひとつである「MIL-PRF-19500」*7 の Appendix A.3.19 に関連する記載があり、3つの”Category”として規定されています。…まあ、この記載内容に関して云々するといささかアレなのですが、要するに、ざっくりというと

 Category I   溶接           
 Category II   ろう付け・はんだ付け 
 Category III   圧接・鍛接        

である、ということを言っています。*8 参考までに、「C3」ではない従来からのモデル(無印)は「Category I」であり、従来よりデータシートにも明記してあります。
データシートを紐解く限りにおいては、従来よりの無印品と「CB」(C3?)の相違点はこの Category の違い、即ち内部(Internal)接合方法の違いのみであり、その他の、使用素材や電気的性質等はすべて同一のようです。
なお、この I 〜 III の Category は「飽くまで分類のためであり、必ずしも優れている順の序列ではない」と、MIL-PRF-19500 A.3.19 に記されています。
実際、ひとくちに溶接といってもその内容は様々ですし、ろう付け(たとえば銀ロウ付け)とはんだ付けは現象面から見ると本質的に異なるものですし、圧接と鍛接もやってることは相当違います。飽くまで分類の為の Caterory であるということのようです。


参考までに、JAN とかそういうのはなんなのか?

宇宙用(あるいは軍事産業用)ハイスペック半導体について調べていると、「JAN」「JANTXV」「JANS」…などの文字列に必ずぶち当たります。ここでの「JAN」は「Joint Army (and) Navy (standard)」(米国陸海軍合同規格)の頭文字であり*9、勿論 日本のバーコードの規格のことではありません*10
MIL-spec でいうところの JAN シリーズは過酷な使用環境に耐えうるかどうか、のスクリーニング試験のことであり、MIL-PRF-19500/477 及び MIL-STD-750 に規定があります。たとえば「TX」は温度(耐熱)試験、「V」は(顕微鏡下の)目視確認による選別など、試験項目の種類により呼称が決まってくるわけですが、 JANS(「S」=「space」(宇宙))は JANTXV 以下のすべての項目を含むなど、やはりこちらもそれなりにややこしい規定のようです。

ただし、 JAN 関連の規定はすべて「スクリーニング試験」の規定であり、製造過程にかかるものではありません。厳しい耐久試験をパスするためには当然それなりの素材スペックと製造プロセスによらなくてはならないわけですが、とはいえ、そうして製造された製品が常に限界ランクのスクリーニング試験にかけられるかというと、必ずしもそういうわけではないです。

試験にかけるにも費用と時間がかかるわけです。一般に軍事用・宇宙産業用半導体が(信じ難いほど)高価なのはこの試験の実施によるものであるようです(勿論受注生産である・ロットが小さいなど製造にかかる理由もありますが)。スクリーニング試験を経なければ(当然宇宙機などには使用できないわけですが)製品コストは大巾に下がります。


ここまで読んでいただいたかたはもうお判りかと思いますが、ISAS / JAXA が実際に使用したダイオードは JANS クラスの試験費用が加味されたものですので、80円 どころか通常 1000円 出しても入手できません。しかし、同じ型番ということであれば、無試験のまま市場にリリースされたものがあり、比較的安価に入手が可能、ということです。



(ここからは邪推になりますが) 2012年08月に市場に投入された「1N5811C3」という型番も、JAN スクリーニングにかけられることなく(必要に応じての検査待ち状態で)半ばデッドストックと化していたロットが仕様変更を機に一般市場へと放出された形なのではないかと(当研究所では)考えています。
逆に言えば、宇宙探査機はやぶさに実装された当時のものに(外観形状等が)近いものであるということもできると思います。というか、きっとそういうことです。

*1:刻印の書体などは異なる。

*2:ただしこのタイムスタンプはあまり信用できない。PDF を書き換えた際に単に日付部分の書き直しを忘れただけの可能性もある。

*3:MELF : Metallized ELectrode Face

*4:600V 1A

*5:cf. 『トランジスタの型名について』

*6:cf. http://engineers.ihs.com/document/abstract/FYNCOCAAAAAAAAAA

*7:現在(2012/11)の最新版(たぶん): http://www.everyspec.com/MIL-PRF/MIL-PRF-010000-29999/MIL-PRF-19500P_26164/

*8:これらについてはここを読むとわかりやすい(日本語ページです(^^)):
http://www.kinzoku.co.jp/eng/setsugo.html

*9:cf. http://www.datacraft-news.com/ontopics/39.html

*10:バーコード規格の名称である「JAN」は J が Jananese であることからもわかるとおり国際的には通じません。国際的には「EAN」と呼称されているものです。バーコードの物理層の規格内容は JAN ≒ EAN であるようです。